過去の展示

場と印刷 Prints/Places

播磨みどり

2023年11月24日(金) - 12月23日(土)

印刷メディアの物質性とその暗喩を通じて世界を再解釈し、制作を行う播磨みどりは、2022年に藤沢市アートスペースで「裏側からの越境」と、2023年にニューヨークのThe Shirley Fiterman Art Centerで「This is A Mirror」という2つの連続した個展を開催しています。2つの展覧会は、2001年より16年に渡って居住し制作してきたアメリカからの帰国直後、香港でのアーティストレジデンス滞在を経て神奈川県の湘南にスタジオを構えた播磨の、集大成的な位置付けにある展示であったとともに、今後アーティストが目指してゆく実践の序章を予感させるダイナミックな展開でもありました。

2つの個展とさほど時を隔てることなく計画されたMaho Kubota Galleryでの本展「場と印刷」(英タイトル:Prints/Place)は、近年の播磨の探求をさらに一歩進めた内容となる予定です。本展の中心となるのはプロジェクターで投影される映像作品です。特定性をもたない風景のイメージをシルクスクリーンで刷り、そのプロセスを逆再生することでイメージが繰り返し現れては消えてゆきます。この作品を補完するように8mmカメラで撮影された映像作品がモニターで再生され、ライトボックスの作品が展示されます。ギャラリーの空間は緩やかに繋がり、全体として展覧会は「印刷メディア」を主軸に、インスタレーションの形態をとるように設計される予定です。

播磨の言葉によると「それ自体が独自の時空間でもある」印刷物は、その上に物理的に提供された2次元上の時空間によって日々私たちに世界を追体験させています。2次元に展開される世界のあり方を捉えるには過去の経験やリテラシーが必要であり、限られた情報ではおおよそ再現できるはずもない世界を私たちは自らの記憶や残像で補うかのように無意識に解釈しているとも言えるでしょう。未曾有の情報社会の中で毎日膨大なイメージを消費してゆく中、私たちは世界を見ているようで実は私たちが世界と捉えているフィクション上に自分自身を投影しているに過ぎないのかもしれません。印刷という仕組みを手掛かりとして自らの実体や同一性を追い求める時、どのように世界の解釈やアウトプットを扱ってゆくのか。本展を通じて播磨みどりが提示する命題の行方を私たちも目撃することとなるでしょう。

***************************************

「印刷:リアリティとフィクションの場所」
テキスト:播磨みどり

フィクションを物質化して現実世界に実現することのできる技術を人間が手にして以来、人間の解釈の世界は現実世界に直接的な影響を与えるようになった。メディアの発展の歴史は、リアリティを平面上にどれだけ正確に写しとることができるのかという挑戦から、どれだけ現実らしく見えるのかという反転した場所にも向かっている。様々なものが元の文脈や環境から切り離され、固有性や全体性を失った記号や言語、データの世界に再編成されていく中、それらを物質に還元し、異なる文脈に繋ぎ合わせて再度現実に介入させることによって、新たな全体性を再構成したいと思って制作をしている。

自身の制作の根底には、まだ現実とフィクションの判断がつかなかった子供時代に見た印刷物の経験がある。粗い網点のかかったモノクロで印刷された写真は不鮮明で、そこに写っている像の内容よりもまず、インクと紙というモノとしてのイメージの物質性が匂いや手触りとして経験された。文字が読めないが故に何が写っているのか意味的に判然とせず、よってその真偽も解らず、イメージそのものが存在しているその謎めいた感触に、自分が知っている世界の外側の存在を感じた原体験がある。そのイメージの原初的な質感と同一性を持った安定したものとして自分も世界も認識していなかった頃の私とイメージとの対等な関係性。印刷物という複製物によって生じる経験の固有性によって自身の同一性が揺さぶられ、自分自身が作り変えられてしまうような経験自体を再現しようとしている。

見えるようになるものと背中合わせに見えなくなるもの、その膨大なブラインドスポットと見えていないという状態や構造を反転の入れ子状態にして可視化するために、見ることのできないプロセスや見えるまでの時間的遅延を持つアナログメディアを制作プロセスのうちに再度導入し、それらに翻弄される形で作品を組み立てていった。見えないという状況や見えるようになるまでの時間的遅延は、見えないものを見ようとする能動性に、予測不可能性やそれによって引き起こされる偶然や失敗は、理解に先立つ行為や自分自身を組み変えていかざるを得ないような時に発動する主体性に繋がっている。何かに対してリアリティを感じ、それがその人にとっての固有の経験となる時、自分自身や対象の同一性が揺さぶられて初めて発揮されるそのような主体性や能動性が関わっていると感じる。古いメディアや技術が失われ、状況や状況の解釈自体が目まぐるしく変わっていく中で、人間の解釈に合わせて現実を作り変えるのではなく、現実を前に人間の解釈やアウトプットが作り変えられるということが、リアリティを問題とするフィクションの機能の一つであると私は考えていて、その実現の場の一つとして印刷(物)を捉えている。

2023年11月7日 播磨みどり