過去の展示

昨日の空を思い出す

AKI INOMATA

2023年8月25日(金) - 9月16日(土)

MAHO KUBOTA GALLERYではAKI INOMATAの個展「昨日の空を思い出す」を開催いたします。
本展覧会の会期は8月25日(金)をスタートとして9月16日(土)までの間、変則的に設定されております。

AKI INOMATAの「昨日の空を思い出す」は水を湛えたグラスの中に前日の空模様を再現する作品です。アーティストが2020年から継続する進行形のプロジェクトであり、グラスの中の液体に別の液体を3Dプリントする技術の開発を経て実現しました。

作品の構想は、コロナ渦における行動制限が日常化した中で、アーティストが自室の窓から空を眺める時間がきっかけとなりました。コロナ渦を経験するまでは、多くの人にとって明日は今日の延長であり、今日は昨日と途切れなくつながっているものでした。しかし、当たり前だった日常がまるで別の惑星の出来事のように異質なものとして現実化した時、アーティストが強く感じたのは「昨日と同じ今日は来ない」ということでした。

本展では、テーブルに置かれたグラスの中に昨日の空模様を眺めることができる作品や、グラスの様子を記録した映像や写真の作品が展示されます。鑑賞者は絶え間なく流れる時間の中での一瞬一瞬の「いま」を強く意識することになるでしょう。

<作品「昨日の空を思い出す」に寄せるテキスト:山本浩貴(文化研究者)>
AKI INOMATAの《昨日の空を思い出す(Thinking of Yesterday’s Sky)》はコロナ禍の只中で構想され、長い時間をかけた試行錯誤の末に実現されたアート・プロジェクトである。地球環境の著しい変容が顕在化された形で現れたコロナ禍において、INOMATAが「昨日と同じ今日は来ない」と感じたことから本プロジェクトは始まったという。コロナ禍がもたらした隔離生活の中で自室の窓から眺めた空にINOMATAが発見したのは、似ているように見えても一度として全く同じ様相を示すことのない日常の姿であった。他種との協働が生み出すアートで知られるINOMATAの新作として、《昨日の空を思い出す》は全く新しい発想から誕生した作品であるように思われるかもしれない。本作が彼女の新機軸となることは間違いないが、しかし同時にこれまでの関心とも地続きであることも指摘したい。

グラスに注がれた水の中に出現するのは、昨日の空に浮かんでいた雲の形である。INOMATAが作り出す繊細な「雲」は徐々に液体と混ざり合うことで時間の経過と共に消えてしまうが、鑑賞者は実際にその水を飲むこともできる。作品(の一部)を鑑賞者が体内に取り入れることができるという点は、例えばフェリックス・ゴンザレス=トレスの《無題(偽薬)》(1991)などを想起させる。エイズで他界したパートナーと自身の体重を合計した重量のキャンディーから成るこのインスタレーションは、そのキャンディーを鑑賞者が体内に取り入れることで芸術を通して集合的に共有された哀悼を構成する。INOMATAの《昨日の空を思い出す》もまた、コロナ禍が浮き彫りにした過ぎ去りゆく日常のエフェメラルさや日々のかけがえのなさを共有する装置として機能している。

非人間生物との予測のできない協働により生成される芸術作品を通じて、INOMATAは近代世界における無二の原理として覇権を握ってきた人間中心主義に異を唱えてきた。「食べる」という行為を軸とした《昨日の空を思い出す》のプロジェクトでは、同じく近代世界——とりわけ、近代美術という領域——を王のように統べてきた視覚中心主義へのラディカルな挑戦をはらんでいる。目で楽しむだけでなく舌で味わうこともできるこのプロジェクトのアウトカムは大胆にも、芸術において偏重されてきた視覚をそれが長らく居座っていた玉座から引き摺り下ろす。同時に人間の視線を中心に据えた世界の見方を再構成し、あくまで人間がその一部でしかない世界に想像を馳せるエコロジカルな契機となるだろう。そのような意味で、このプロジェクトはAKI INOMATAの芸術実践におけるこれまでの関心とも深い部分で共鳴している。さらに言えば、生物以外の自然現象を扱っていたINOMATAの最初期の作品とのつながりを見出すこともできるだろう。

創造性を発揮して混沌とした社会をどうにか生き抜く自立した個人を理想的なロール・モデルとして想定する新自由主義的な世界の中で、私たちは常に「未来」に目を投じているように強く促されている。そうしたアントレプレナーシップ(起業家精神)の過度な称揚に際してポジティブに引き合いに出されるのがアーティストやデザイナーであったことは事実だが、アートは本来的に立ち止まって物事をじっくりと考えるために焦って早足になる私たちにスローダウンを可能にする営みではなかっただろうか。AKI INOMATAがコロナ禍をきっかけとして開始した《昨日の空を思い出す》のプロジェクトは、日常的な(一見したところの)反復の中に重要な差異を見いだすことでずっと先の「未来」だけではなく私たちが立っている「今ここ」に注意を向けることを促す。それこそ、《昨日の空を思い出す》の「今ここ」における意義であると言えるだろう。

オープニングレセプション
8月25日(金) 6pm – 8pm

オープン日
本展はイレギュラーな会期設定となります。
展覧会オープン日をご確認の上ご来場ください。
8/25(金)、8/26(土) 2pm-7pm
8/29(火) – 9/2(土) 2pm-7pm
9/12(火) – 9/16(土) 2pm-7pm