過去の展示

近作展

武田鉄平

2022年8月27日(土) - 10月1日(土)

大変好評につき武田鉄平の個展を10/1(土)まで延長いたします。また、9/17(土)より100号の新作を新たに追加いたしました。

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仮想現実やメタバースの世界がすぐそこにある現在において、現実の世界で絵の前に立って絵画を見るということはどういう経験なのでしょうか。

「なぜ、絵画という限りある平面から、何かを感じることができるのか。」
武田鉄平の作品制作は本人の根源的な疑問からスタートしました。

武田鉄平は一度描いた絵を再度描いてみるという独自のプロセスによって絵画を制作するアーティストです。武田鉄平の絵画は「いったい絵画を見ることはどういうことなのか」という絵画の鑑賞体験への根源的な疑問をきっかけに生まれました。絵画からなぜ何かを感じ取ることができるのか。この地上に存在する心を捉え続ける名画の数々はなぜ何世紀にわたって人々を魅了するのか。絵そのものが美しいのだろうか、それとも見る側が美しさを作り出してきたのだろうか。武田が華やかなアートの世界から隔絶された山形のスタジオにこもり、10年近くにわたって問い続けた絵画の命題は、「自らが描いた絵を再び描く」という実践において突破口を開くことになりました。

「描くことを、再度描いてみる」瞬間、アーティスト自身はいったん何を描いているということになるのでしょうか。絵画を描くという行為そのものを描いた武田の肖像画の前に立ったとき、その作品は描くとはなにか、見るとはなにか、人とはなにかという根源的な問いを鑑賞者につきつけてきます。

武田の言葉を引用しましょう。「人は絶えず視覚を駆使し生きていて、意識をしてもしなくても、目に映る全てのものから意味を感じ取ってしまう。どんなに抽象的なものであっても、意味を見出すことができる。しかしそれは単に人が光の反射を解釈しているだけなのかもしれない。僕がたった今見ていること、それは僕が独自に思い描いているものを、ただ見ているのかもしれない。その不確かな何かそのものを、描きだすことができるのではないか。」

彼の描いた肖像画の前に立った時、鑑賞者が感じる強烈な視覚体験の秘密はこの言葉に集約されているように感じられます。コンテンポラリーアートの多くは社会的コンテクストや批評性、美術史との接続、哲学的視点といった観点から評価されてきました。一方で武田の絵画はそれらの一切をいったん断ち切ったところにある絵画の純粋体験(=絵画を純粋に体験するということ)を主題に作品を制作しております。具体的にはまず下絵となるドローイングを何十枚も制作しその中の一枚を選び出します。それをコンピュータデータに取り込み、原画の質感をデジタルの世界で最大に拡張し、人の視覚体験がどのように情動に作用するかを注意深く探りながら原画のデジタルデータを作ります。次にそのデータ上の絵画を出力し、それをもとに細密画のように細い筆で細部にわたって絵の質感を再現していきます。その過程で新たに作品上にアウラを創出し、現実を拡張した絵画が生まれていくのです。1点を描き終わるまでに最低でも1ヶ月、長い時は2ヶ月の時間を費やす必要があります。1枚の絵画に向かう、孤独で濃密な時間はやがて類い稀な引力をもつ絵画へと結晶します。計らずもその作品は人の知覚、あるいは脳のシステムがどのように絵画を捉え、判断し、自身の思考へと落とし込んでゆくプロセスを実験場となるのです。

今回の個展で展示される8点のポートレイトはパンデミック下の2020年から2021年にかけて描かれたものです。
これらは2022年5月のアートフェア香港にて発表され、国際的に大きな注目を集めました。本展はこれらの作品をいったん東京に戻し、東京のギャラリーにて披露する貴重な機会となります。また、未発表の新作1点も展示の予定となっております。社会と隔絶されたアトリエでアーティストが長い時間をかけて向き合った絵画の前に立つ時、私たちも絵画と向かい合うことのリアルな感覚の豊かさを取り戻すことになるのでしょう。