過去の展示

涟漪

冷广敏(レン・ガンミン)

2018年5月11日(金) - 6月9日(土)

MAHO KUBOTA GALLERYでは中国の若手ペインター、冷广敏(レン・ガンミン)の個展を開催いたします。

レン・ガンミンは1986年山東省青州市生まれ。2009年天津美術学院油絵学科卒業、2012年天津美術学院修士課程を修了し、現在北京を拠点に制作活動を続けております。レンの世代は中国では「ポスト80’s」と呼ばれ、彼らの作品には前の世代のアーティストたちに顕著だった社会状況を直接的に反映するアプローチが目立たなくなった一方、この世代が十代を過ごした時期の中国社会の文化や経済のダイナミックな変容をポジティブに捉え、伝統的な絵画の手法にとらわれない自由闊達な表現とパーソナルな視点の示唆が特徴となっております。レン・ガンミンも世代の例にもれず、新しい流れを予感させるパワフルな作品を制作し、中国だけでなく広い意味でのアートシーンで注目されてきました。「涟漪」(“さざ波”を意味しています)と題された今回の展覧会はレンの中国国外では初めての個展となり、11点の絵画作品を展示いたします。

レンの絵画の大きな特徴は赤や青、緑といったプライマルカラーに時に金や銀といったアクセントカラーを加えて構成した色面、そしてしっかりしたエッジをもった情景あるいはオブジェクトの描写といえます。描かれる対象は多くはオブジェクト(物体)であり、そうでない場合はがらんとした室内などの空間が描かれています。レンが多くの実験ののちに自らたどり着いた技法も彼の作品の大きな魅力といえましょう。プロセスとしてはキャンバスの表面に薄い紙を貼り、しっかりとした支持体を作ったのちにアクリル絵具でモチーフを描いてゆきます。その後、鋭利なナイフなどで表面の一部を削り取ることにより描線を描き、物体のエッジに複雑さを加えていきます。描線としてごく細く、シャープに表面の紙を剥がしとる場合もあれば、ある程度意図的に剥がす部分を広げて面の要素を見せることもあります。剥がされた部分は作品から時間の感覚を奪い、また、画面の完璧な状態を損なうことで、そこに豊かな感覚を忍び込ませることを可能としています。

レンの作品が主題としているものはどういったことなのでしょうか。例えばそこにバケツが描かれていても、樹木や家具が描かれていたとしてもおそらくアーティストはそれらの物体自体に興味を持って描いているわけではないのでしょう。彼の興味は物体がもつ確かなボリューム、そのボリュームが私たちが見る物体の表面によって確実に閉じられていること、そしてそのボリュームがなにかの作用で簡単に開放され、質量をなくし、エネルギーがまた別の場所へと移っていくことにあるように思われます。その意味で彼のペインティングは彫刻的な要素も持っていると言えるでしょう。そして皮膜によって覆われたボリュームとは我々の身体や精神のメタファーでもあるのかもしれません。そしてこういったボリュームやエネルギー、内と外の関係性、空間のシフトなど、本来二次元では描くことができない事象を描く上で一番効果的な選択として色彩を限ってシンプルに表現するというメソッドが生まれたのだと考えられます。そして、そこに揺らぎの要素をいれるために紙を剥がして描線を作っていくという、厳密な意味ではアーティスト自身のコントロールが100%及ぶところとはならないユニークなプラクティスが生まれたのです。

一見作品は一切のナラティブを排除し、レンの緻密なプランのもとに計画されているように見えます。その絵画はソリッドで、過去もなければ未来もない、今そのものを描いています。その一方、その絵画は見る人の感情にさざ波を起こします。それは実に詩的な感覚であり、鑑賞者の過去の心の動きを再生し、新たな感情をささやかに呼び覚ますものでもあります。レンの作品の前に立った時、私たちは彼がどこから来たのか、どの世代のアーティストなのかといった背景はすっかり忘れてしまい、特別な絵に向き合った時の心浮き立つ体験をすることでしょう。視覚芸術に限らず、優れた芸術が時代や場所を超えて人に対してもつ作用をこの作家も熟知して、それを楽しみつつ独自の表現言語を切り開いているのです。