次回の展示
See you in future / Never met before
スティーブン・ウォン・チュンヘイ
2026年3月6日(金) - 4月11日(土)
MAHO KUBOTA GALLERYでは、2026年3月6日より、香港を拠点に活動するアーティスト、スティーブン・ウォン・チュンヘイの個展を開催いたします。「See you in future / Never met before」と題された本展では、作家にとって初の試みとなる屏風形式の作品を含む、新作絵画11点を発表いたします。
香港およびアジアのアートシーンを中心に高い評価を受けてきたスティーブン・ウォン・チュンヘイは、主に香港の風景を描く画家として知られています。香港の風景と聞くと、湾仔やセントラル地区に象徴される高層ビル群が立ち並ぶ、きらびやかで賑やかな国際都市のイメージが思い浮かびます。しかし、描かれるのはそうしたステレオタイプな香港像ではありません。ウォンが描き出すのは、彼自身にとってよりリアルで、身体的に記憶された香港の姿です。私たちが飛行機で香港に降り立つ際、眼下に広がるキラキラとした南の海に浮かぶ島々や、起伏に富んだ山並み、そして緑豊かな風景——近代化以前から息づく土地そのものの原風景が、彼の絵画には色濃く反映されています。その中には、実在する建築物や景勝地、スターフェリーといった具体的なモチーフも描き込まれ、香港の人々であれば誰もが見覚えのある光景として絵の中に自分自身の記憶を重ねることができるでしょう。
東京での初個展となる(※作家は2024年、パシフィコ横浜で開催されたアートフェア「TOKYO GENDAI」において、日本の風景を描いた作品を中心とした個展形式の展示を行っています)本展では、表現はさらに自由に、重力から解放された世界へと踏み出しています。香港や日本の風景から連なる視線は、やがて宇宙へとひらかれていきます。青く深い宇宙の闇に浮かぶ光景は、作家が実際に訪れた場所を起点としながら、豊かな想像力によって再構築されたものです。そのパースペクティブの中には、中国を起点とする山水画の伝統を見出すことができます。山水画は単なる風景描写ではなく、外界の自然を通して心象風景へと接近する絵画であり、鑑賞者を内面的な旅へと誘うものです。そこには山野に遊ぶ人の心を通した哲学的思索や、自由な発想が息づいています。
ウォンの絵画においても、鑑賞者は快くその世界へと招き入れられます。山や水の間を行き交う私たちの視点は、東洋的遠近法である「三遠法」の複数のステージを自由に行き来し、重力から解放されたかのように遊び、漂います。新作《The Space Sakura with the Infinity Falls(宇宙の桜と永遠の滝)》では、この三遠的な世界認識がとりわけ顕著であり、作品全体に宇宙的な浮遊感と果てしない空間感覚をもたらしています。一方、北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》をオマージュした《The Rocky Wave and The Galaxy Fireworks》では、波濤はダイナミックな岩山として表現され、富士山と香港・ヴィクトリアハーバーの夜景が背中合わせに配置されます。また《Along the Path of the Full Moon》では、地球と月を結ぶ航路を、スターフェリーが小さな児童公園を載せた岩山を曳きながら、ゆるやかに進んでいく様子が描かれています。いずれの作品においても、描かれる宇宙は遠い未知の世界ではなく、現実と確かな接点を保ったまま、優雅に、自由に広がっていきます。
これらに見られるように、ウォンの関心は、風景を写実的に再現することにあるのではありません。制作の実践においても、ウォンは多くの現代画家とは異なり、写真を参照しません。彼は実際に街や山野へと赴き、スケッチブックにその場で描くことによって、独自のパースペクティブを働かせ、その場所を経験します。五感で受け取った感覚は、スケッチからキャンバスへと移行する過程で熟成され、経験を起点としたイマジネーションとして広がっていきます。彼は自らを取り巻く世界を俯瞰的に捉え、そこに「遊び」の視点を持ち込み、超自然的とも言える想像力の跳躍によって、自由闊達なイメージの世界へと展開していきます。見慣れたモチーフは、現実の法則や制約から解き放たれ、新たな自由な関係性のもとで軽やかな仕掛けとして機能し、鑑賞者を絵の中へと招き入れます。そこでは鑑賞者自身が世界の一部となり、自在に遊び、想像を広げていくことができます。その想像の翼こそが、ウォンの絵画の魅力です。
アニメやゲームを通じて日本文化にも親しんできたウォンの視点の根底には、無垢な存在が冒険や挑戦を通してさらに豊かな世界を獲得していく、物語のアーキタイプを見ることもできます。宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の列車のように、青い宇宙に輝く銀河へと連なる無重力の空間を漂うスターフェリーに身を委ね、私たちもまた、数えきれない星のきらめきとともに、終わりのない旅へと誘われるのです。
※新作絵画11点は販売いたします