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NUZU

高橋知裕

2023年7月4日(火) - 8月5日(土)

MAHO KUBOTA GALLERY では7月4日より高橋知裕の個展「NUZU」を開催いたします。
京都にスタジオを構える26歳の高橋は京都芸術大学在学中から国内外で作品を発表し、個性的な表現手法から気鋭のアーティストとして注目を集めています。本展は高橋の東京では初めての個展となります。
本展では高橋の新作絵画10数点を展示いたします。

高橋のスタジオには無数のぬいぐるみやプラスチックの人形が集められており、作品の制作を開始するにあたってアーティストはその中から一つ、あるいは複数の玩具を絵画世界の中の主役として選びます。スタジオに用意された鮮やかな色画用紙を用い書き割りの舞台のようなシンプルな背景を作り、先ほど選んだ玩具をまるで舞台の上に役者を立たせるかのように配置します。高橋はこうして構築した演劇空間のような光景を忠実に絵画として描いてゆきます。さらに画面上には子供の落書きのような描線のドローイングが丁寧に描き加えられていきます。これらの「落書き」は漫画におけるセリフのふきだしの形をしていることも多く、玩具の考えていることや心の声を想像させ、密やかなコミュニケーションの世界を想起させ作品にエネルギーや生命を吹き込んでいるように見えます。

ぬいぐるみを絵の中心的存在に置く理由をアーティストはこう説明しています。「自分の言葉でうまく物事を伝えられなくても、ぬいぐるみを介することでコミュニケーションが成り立つことがある。」
実際、高橋は4歳になった頃から「NUZU」と名付けたぬいぐるみを媒介として日常的に家族とコミュニケーションをとるようになり、それは家族と離れて暮らす現在に至るまで続いています。
言葉では多くを語らずともなにか形のある「もの」に思う心をこめて、「もの」を通してコミュニケーションする。こうした日本的なコミュニケーションのあり方は、ありふれた玩具に象徴される「キャラクター」の形を借りて独自に進化していった日本社会における少し歪で不器用な人と人の関係性を浮かび上がらせてゆきます。また、本来は生命のない「もの」や玩具に生命や意思が宿っていると感じ、それらを特別で大切な存在と考えるアニミズムの心理も高橋の作品世界には色濃く反映されています。

高橋は90年代の半ばに生まれています。現代の日本で徐々に消えつつあるプラスチックの玩具、万物に神が宿るというアニミズムの概念、歌舞伎や文楽にルーツをもつ日本特有の舞台美術によるストーリーテリングの様式、スタジオジブリ等のアニメーションの世界にも通じる精霊の気配とドラマツルギー手法、1990年代アートにおけるシミュレーショニズム、2000年代に村上隆が提唱したスーパーフラット。これらの要素が渾然一体となったその果てに突如として出現した高橋の絵画には、単純な「かわいらしさ」では語れない不穏な空気とディスコミュニケーションの問題等、幾重にも入れ子状になった複雑な世界観が感じとられ、ポップなイメージの裏に隠された得体のしれない未来を暗示する力強い作品群を生み出しています。